川の魚たちは今

11.東京のサーモン……サクラマス

1993年(平成5年)8月20日
 今年の五月、東京湾の漁師さんの網に美しい銀色のマスがかかりました。体長は約四十センチ、肉色は鮮やかなサーモンピンクでした。
 水産試験場で調べたところ、この魚はサクラマスとわかりました。サクラマスは太平洋産サケ・マス類のうちで最も美味な種類といわれていますが、サケのように大量には漁獲されないので、現在国をあげて増殖に取り組んでいます。そしてこの魚、実は前回お話したヤマメが海に下って大きく育ったものなのです。
 関東より西の地方では、ヤマメは川の上流にすむ魚と思われています。しかし、東北や北海道など北日本のヤマメは海へ下ります。海へ入ったヤマメは、川にすんでいた時の小判型斑点(パーマーク)が消え、銀白色のサクラマスとなります。そして、海洋で一年ほどを過ごし、産卵のために再び川を遡ってきます。ちょうどサケと同じような生態を示すのです。したがって、サクラマスとヤマメは同じ種類の魚ということになります。
 これに対して、関東以西のヤマメはあまり海に下らず、一生を川の上流で過ごします。ヤマメの大きさは体長三十センチ、体重は三百グラムどまりですが、サクラマスは体長七十センチ、体重四キロにも達します。
捕獲されたサクラマス写真
捕獲されたサクラマス
 では、こうしたヤマメとサクラマスの違いはどうして生じたのでしょう。その原因は次のように説明されています。
 『今からおよそ百万年も昔、この頃から地球上には何万年という単位で寒期(氷期)と暖期(間氷期)が交互に訪れるようになります。氷期には海水温も下がり、それまで冷たい北の海にいたサクラマスの祖先ははるか熱帯地方まで勢力を広げました。しかしその後地球はまた暖期に入り、水温の上がった南の地方から、彼らはまた元の北の海に後退せざるを得なかったのです。この時南の地方に取り残されたものは、山奥の冷たい水の流れる渓流に住み着くことによって幸うじて命を長らえることができました。これが現在関東以西で川の上流に暮らしているヤマメのたどった歴史なのです』
 古文献や昔の漁師さんの話によれば、かつて東京の川にはかなりのサクラマスが上っていたことがわかります。しかし、堰堤の建設や水質汚濁によりこの数十年間は姿を消していました。
 さて現在、カムバック・サーモン運動がさかんに行われています。この運動の主旨は、稚魚放流と産卵回帰によって川への関心を高め、水質を浄化していこうということで、大変結構なことだと思います。しかし、両手をあげて賛成するにはちょっと引っかかるものもあります。
 というのは、 「サケ(酒)は銚子まで」と昔から言われているように、現在放流されているサケはもともと利根川以北に分布する魚なのです。これに対して、同じサケ・マス類でも昔からいたサクラマスならば自然の分布を乱すこともありません。自然保護の精神からいっても「サクラマス(チェリー・サーモン)よ再び川を遡れ」の方が東京にマッチするのではないかと思います。
 この東京のサーモンが再び川を上り、自然産卵できるようにするには様々な問題を解決しなければなりません。しかし、人々の英知を集め、研究を重ねていけぼ決して不可能ではありません。まだ数は多くありませんが、東京湾から私たちにサクラマスが呼びかけているではありませんか。
 「俺たちはここまで戻ってきたんだぞ」と。

東京湾写真

東京湾

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