川の魚たちは今

6.コイの季節

1993年(平成5年)7月9日
 公園の池で子供たちの投げる餌をつつくコイ。五月の空を泳ぐ鯉のぼり。はたまた、足柄山の金太郎の大ゴイつかみ。
 コイは日本人にとって最もなじみの深い魚の一つです。海の魚の王様がタイなら、川魚の王は何といってもコイでしょう。
 しかし、コイは日本だけに住んでいる魚ではありません。もともとはアジアかヨーロツパの温帯域に広く分布していました。そして、大変に飼いやすいので古くから養殖が行われてきました。紀元前五百年頃に中国で書かれた『養魚経』という本には、コイの飼い方が記されています。
 現在でもコイは世界で最も広く養殖されている魚です。東南アジアはもとより、アメリカ大陸、オーストラリア、アフリカと、ほとんど世界中に移殖されています。何でも食べて良く育つので、将来の食糧危機を救う魚の一つに挙げられているくらいです。
 鯉のぼりの季節はまた、コイの産卵期でもあります。体長六十〜七十センチのコイは百万粒以上の卵を産みます。卵は直径二ミリほどで、水草などの表面に産みつけられます。ふつう一週間足らずでふ化して五ミリほどの仔魚になります。仔魚は初めは細かいプランクトンを食べていますが、やがて水生昆虫やエビ、貝、さらには水草まで種々雑多なものを食べるようになります。養殖した場合は、二年で約四十センチの食用サイズに達します。また、コイは長生きをしますが、わが水産試験場の体長八十〜九十センチの親魚は推定五十〜六十歳以上ともいわれています。
 魚は人間と違って変温動物ですから、その体温は周囲の温度(水温)につれて変化します。ですから、水温は魚類にとって最も基本的な環境条件です。マス類が冷水魚であるのに対して、コイやフナは温水魚といわれています。
 温水魚というのは、産卵や成長に適した水温がおおむね二〇度以上にある魚をいい、冷水魚はそれ以下に適温をもつ魚を指します。したがって、マス類は水の冷たい川の上流に、コイ・フナは水温の高い中・下流にという分布パターンが成り立っているのです。
 今まで述べてきたように、コイの生態については様々なことがわかっていますが、現在、コイの住む川の環境は昔と全く変わってしまいました。
 幸いにして(?)適応能力が高いのでしょう。コイはかなり水質の悪いところでも生きられます。このため、河川の環境基準では、フナとともに水産三級水域(BOD五ppm以下)の代表種というあまり芳しくないイメージを与えられています。
 しかし、考えてみて下さい。今は濁った水の流れる大都市の河川も、ほんの三十〜四十年前までは泳ぐことができたのです。そして泳ぎながら、私たちは平気で川の水を飲んでいました。ですから、こうした川に住むコイを、何の汚染の心配もすることなく食べていたのです。
 きれいな水で育ったコイは間違いなく美味しい魚です。ちょっと小骨が多いのですが、長年のコイと日本人の付き合いの歴史を通じて、鯉こく・洗いなど、数々の優れた調理法が考え出されています。
 もし、「コイは濁った川の魚」というイメージを抱かれる方が多いとすれば大変に残念なことです。
 澄んだ川底を悠々と泳ぐ野生の大ゴイ。幼い日に見た勇姿を、今も私は忘れることができません。

コイ写真

川の大様・コイ

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