川の魚たちは今

7.北海道から九州まで……ウグイ

1993年(平成5年)7月16日
 ウグイと聞いて「はて、どんな魚だったかな」と首をかしげる人でも、ハヤといえば「ああ、あの魚ね」とうなずかれるのではないでしょうか。
 ウグイという名前はもともと中部〜関西地方の呼び名らしく、「鵜(う)が喰う魚」からきたといわれています。北海道ではアカハラ、群馬でクキ、東京でハヤ、長野でアカウオ、九州でイダなど多くの地方名が知られています。
 大きなものでは体長三十センチあまりに達し、川の上流から下流まですんでいます。水の汚れる昭和三十年代以前の多摩川では最も数の多かった魚とされています。
 ウグイ釣りは道具立てが簡単で、子供から大人まで人気があり、釣り文学の名作、先日急逝された井伏鱒二氏の「川釣り」の中にもたびたび登場してきます。
 全国的にみても、ウグイは北海道から九州までくまなく分布しており、様々な環境下で暮らしています。例えば、青森県の恐山湖はPH3という強酸性の湖ですが、他の魚類は全くすまず、ウグイのみが生息しています。
 しかし、このたくましい魚も生活排水などによる有機汚濁には弱く、現在、水のきれいな上流域ではまだふつうに見られますが、水質汚濁の進んだ中・下流域ではめっきり減ってしまいました。
産卵期のウグイ写真
産卵期のウグイ
 ウグイの産卵は水温の高い下流域で早く、関東周辺では三〜四月に始まり、水温の低い上流域では五月頃になります。この季節になると、川の浅瀬に何百、何千という親魚が詳れ集まり、入り乱れて川底の砂利に卵を産みつけます。この産卵場は「クキ付け場」などと呼ばれ、かつては人工的に産卵場を造成して、集まったウグイを一網打尽に獲る漁業が行われていました。
 現在も漁業組合の手によって産卵場の造成が行われていますが、今はその周辺に柵を施し、産卵親魚と卵を守ってウグイの増殖を図っています。
 人工産卵場は、河原のきれいな砂利を流れの中に投入し、八畳間ほどの広さに敷き詰めてつくってやります。このノウハウは受け継ぐ人が少なく、現在造成に携わっている人のほとんどが七十歳以上のお年寄りです。
 かつて私たちも、ベテラン漁協員の手ほどきを受け、実験的に人工産卵場を造ったことがありました。大きな石の転がる河原で砂利を掘り、それを川の中に運ぶ作業は半日がかりの重労働でした。
 しかし、その後二〜三週間たっても一向にウグイは集まってきません。再び師匠を訪ねたところ、「今、俺のつくった産卵場にウグイがたくさん集まっている。そこから何尾か獲っていって、生かしたままカゴに入れ、お前たちの産卵場の上に埋めておけ」とおっしゃるのです。
 早速その通りにして次の朝川へ行ってみてびっくりしました。何と昨日まで魚の影も形もなかった産卵場に、真っ黒になってウグイが群れているのです。これは集団産卵という習性を持つウグイが、同時に産卵場に集まるために何らかの誘引物質(フェロモン)を出しているのだと考えられます。長年の経験から、漁師さんたちはこうした魚の習性を知っており、これを利用していたことがわかります。
 汚濁が進むにつれて、ウグイのエサとなる川虫(水生昆虫)が姿を消しました。また、卵を産みつける川底の砂利は、菌類のミズワタに覆われてしまいました。ウグイ減少の一因として、こうした河川環境の悪化がかかわっているのは十分に考えられることです。

人工産卵場の図

人工産卵場の平面図(上)と断面図(下)

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