東京魚チング

ハゲのチリ鍋

 木枯らしが吹く頃になると、鍋が旨い。通によれば、フグのチリ鍋が一番と言うかもしれないが、値段も高いし、毒も怖い。そこで、今日は隠れたチリ鍋の素材をお教えしよう。
魚イラスト
 英語名はFile fish 、すなわち「ヤスリ魚」である。それもそのはず、鱗の表面を拡大観察すると多くの小棘があるので皮全体がまるでサンドペ−パ−のようにザラザラしている瀬戸内海地方ではハゲとかマルハゲと呼ばれる。こんな名前はまだ良い方で、皮ごと身ぐるみ剥がれることからバクチウチなどという名も頂戴している。伊豆大島では「アワモチ」、八丈島で「トミ」と呼ばれる魚と言えば、そう、「カワハギ」類である。背鰭と尻鰭をヒラヒラとさせながら上下左右、自由自在に器用に泳ぐ。マグロがジャンボジェット機ならばカワハギはヘリコプタ−といったところである。時々、口から水を吹き、砂底の中の餌をあさっている。釣りの餌取り名人と呼ばれるこの魚はオチョボ口だが唇は厚く、味覚を感じる細胞の集まりである味蕾(みらい )が口や舌にはなく唇にある。その内側には門歯状の頑丈な歯が上下に生え揃っている。雑食性で小魚、トビムシ、ゴカイばかりでなく海藻も食べる。ところで、カワハギのダンスをご存じだろうか。水槽の中でカワハギが1尾で淋しげな顔で居る。それじゃあ、仲間を増やそうと新しいカワハギを入れると、途端(とたん )に人目をはばかること無く、互いに見合ってクルクルと舞い泳ぐ。そのうち、弱い方の魚は、体表の模様が薄くなり、鰭の棘がたたみこまれ、尾鰭もすぼんで、まるで尻尾( しっぽ ) をまいて逃げる犬のようである。このダンスを「カワハギの仁義切り」と称する。以後、水槽の中では強い魚に遠慮しながら生活している。「一人でいると淋しいが、二人になればなおさら辛い」という、なにやら演歌の一節のような光景だが、それほど気の強い魚である。しかし、ハゲやバクチウチなどの名前に反して肉は白身で上品な味である。血中コレステロ−ルを下げる効果のタウリンも豊富で、切り身になって刺し身やチリ鍋で食べるとフグと言われても気付かない。そう、生物学的にもカワハギはフグの仲間である。特に、秋から冬にかけて大きくなる肝臓は旨い。おまけにフグと違い無毒なので安心である。「フグは食いたし、命は惜しい」と言う方にお勧めの魚である。木枯らし吹く夜はハゲのチリ鍋で身も心も温めよう。mu

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