東京魚チング

イカの骨折(?)

 生物の研究には予期せぬアクシデントがつきまとう。十年以上も前に、アオリイカ( 八丈島ではバショウイカ) の成長を知るため半年間飼育したことがあった。初夏に造礁サンゴの裏側にひっそりと産みつけられた純白の卵嚢(らんのう)からは10日あまりで、ミッキ−マウスの様な耳の可愛らしい稚イカ達が元気良くふ化して来る。生きているものしか食べないので小さいときには動物プランクトンを、体長が10cmにもなれば小魚を与える。その食事風景は少々残酷であるが、体を輝かせながら自分の身の丈半分あまりもある魚をすばやく捕らえる繊細でしなやかな身のこなしは見る者を引きつけて離さない。翌日、水槽底に変わり果てた魚の死骸がいくつも沈む。こちらは、イカの成長に従って生きている小魚の補給に毎日追われた。半年後に体重は1.5kgと成長した一方で26個体のイカは共食いにより6 個体に減ってしまった。おまけに、あろうことか弱肉強食を生き抜いたこのエリ−ト達は、当時、近くで行われた工事の発破( はっぱ) 音と振動に驚き、水槽壁に激突して死んでしまったのである。解剖すると、体の中から横一文字に折れた半透明で薄い板状のどう見ても骨のようなものが現れた。イカは無脊椎(むせきつい)動物だから骨があるはずがない。実は、これは骨ではなく甲(こう)といって貝殻である。生物学上は、体が柔らかいイカも堅い貝殻を持つトコブシやカキなどの貝類も軟体動物で親戚同志である。一見して形も動きも異なるイカと貝類の縁戚をとりもつのは貝殻で、コウイカでは甲がアオリイカのそれより大きく厚い舟形で浮力調節等の機能を備える。それにしても骨でもない甲が折れたぐらいで死亡するとは思いもよらぬことであった。いずれにせよ、半年の間随分と飼育に骨を折ったが、イカも被害者で骨ならぬ甲を折ったのだから責められない。人間ならば真相を話せるがイカでは如何( イカ) んともしがたい。mu
スルメイカ写真
写真・スルメイカ

back

もどる