東京魚チング

上ばかり見ている鮃

 俗に言う鮃族(ひらめぞく )は、上ばかりを気にする出世指向(しゅっせしこう)の人達を言う。ヒラメが日中は用心深く砂底に体を隠して眼だけを出し、ひたすら上を眺めながら、通りかかる魚やエビを捕食するチャンスを窺(うかがう)ことに由来する。ヒラメは全国沿岸の水深50〜100m位の海底の砂地に生活する。もちろん、八丈島でも砂地のある底土海岸沖などに生息する。漢字で「鮃」と書くように、成魚は側偏形(そくへんけい)で左右不相称( さゆうふそうしょう ) 、原則としてカレイとは両眼が体の左側に並ぶことで区別できる。弱肉強食( じゃくにくきょうしょく ) の海で食物連鎖の頂点に位置する貪欲(どんよく)な魚で、夜間には視覚よりも嗅覚(きゅうかく)を働かせて餌を取る。8 〜9 年もすれば体長80cmと座蒲団(ざぶとん)程の大きさになり体重も10kg以上となる。こんなヒラメも生まれた時から両眼が寄っているわけではない。ふ化後、1 カ月位までは左右相称で眼も体の両側に位置している。しかし、体長13mm位で変態して右眼は左側へ移動し、着底( ちゃくてい ) 生活に入る。今年6 月上旬に水産試験場大島分場で試験中の人工採苗したヒラメ稚魚を見ることができた。体長は数センチで、すでに両眼は体の左側にある。水槽で数千尾の稚魚が餌を追って、ひらひらと舞うように泳いでいる。いずれ、伊豆諸島の広い海へ放流されるのだから、「早く大きくなれよ」と言い聞かせながら眺めていた。さて、全国のヒラメ年間生産量は1 万4 千トンだが、このうち天然ものが7 千トン、最近では技術も進んで養殖ものが増えて7 千トンと半々である。ヒラメはマダイのように小割式( こわりしき ) 網生簀ではなく、陸上水槽で養殖される。底に張り付くヒラメにとっては、波で不安定な生簀の網底は海底の代用にならないし、網目の下から害敵に狙われやすい。しかも、陸上養殖は海面養殖の様に漁業権が不要という利点もある。もとより、一生を海底で上下の別なく横並びで生き抜くヒラメ界に立身出世など必要ないのだから、「鮃族」などという言葉はヒラメにとって身に覚えのない例えであろう。  mu
ヒラメの種苗作り写真
写真・陸上水槽でのヒラメの種苗作り

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